リバウンド!?またダイエットを頑張っています
ダイエットを始めたはいいのですが、しばらくは順調に落ち始めていました。
しかしやってきた停滞期に嫌気がさし、爆食に爆食をかさね、再びもとの体重に戻ってしまいました。
あまりにも自分に嫌気がさし、もう痩せるのはやめようかなと思ってしまいましたが…
痩せるときに立てた誓い。
「痩せたら東京に行く」
この誓いを果たしたいなと思うのです。
私は大学は東京でした。
友人たちも東京が多いです。
その友人たちと会いたいですし、大学にも足を運びたい、昔住んでいたアパートにもいってみたい。
やりたいことがたくさんあるのです。
そう思ったら、また、痩せてみようかなと思い始めてきました。
今、再びダイエットを始めています。
100日間ダイエットと名をうっていますが、あまりそこに固執せずゆったり痩せれたらなと思います。
どうか、みなさんも痩せることに応援していただけたらと思います。
みなさんの応援が力になります。
どーか
痩せますように!
頑張るぞ!!
それじゃ、ばいばーい
【保存版】精神科の薬で太るのは普通?副作用の真実と対策まとめ
みなさん!
精神科のお薬を飲み始めてから、「なんだか太りやすくなった気がする」と感じたことはありませんか?
実は、精神科のお薬には体重が増えやすくなる副作用があるものもあり、そのことに悩む方も少なくありません。心の不調と向き合いながら、さらに体型の変化に戸惑ってしまう…そんな気持ちは、とてもよくわかります…
ここでは、お薬によって太りやすくなる理由と、その対処法についてわかりやすくご紹介します。

◆ なぜ太りやすくなるの?
1. 食欲が増してしまう
多くの抗精神病薬、特に「第二世代抗精神病薬」と呼ばれるお薬は、脳内のヒスタミンやセロトニンの働きに影響を与えるため、食欲が強くなりやすいと言われています。
たとえば、以下のお薬がその例です:
ピンドン系は太りやすいと私も聞いたことがあります。
「気がつくとつい間食してしまう」「満腹感が得られにくい」と感じる方もいます。それはあなたの意思が弱いからではなく、お薬の影響による自然な反応なのです。
つまりは薬のせいって…コト!?
2. 代謝が落ちやすくなる
一部のお薬は、基礎代謝を下げる作用を持っていることもあります。以前と同じ生活をしていても、太りやすくなってしまうのは、体の内側で起きている変化のせいかもしれません。
同じもの食べてても太るってことはこのことからきているかもしれませんね。
3. 糖や脂肪の代謝が変わる
精神科のお薬の中には、インスリンの働きを妨げる作用があるものもあります。これにより、血糖値やコレステロール値が上がりやすくなり、脂肪が蓄積されやすい体質になってしまうこともあります。
確かに私も悪玉コレステロールが高くなっていました。
脂肪がつきやすい体になっているんですかね。
4. 運動不足になりがち
お薬の副作用として、眠気・だるさ・無気力感などが現れることがあります。すると、自然と体を動かす機会が減ってしまい、消費カロリーも減ってしまうのです。
これはしょうがない、だって眠いんだもん笑
◆ 太らないためにできること
「太るのが嫌だから薬をやめたい」と思う方もいるかもしれません。でも、まずはひとりで抱え込まず、主治医に相談することがとても大切です。今のあなたに合った治療方法が、きっと見つかります。
以下のような工夫で、体重管理もしやすくなりますよ。
| 対策 | 内容 |
|---|---|
| 医師に相談する | 太りにくいお薬への変更や、服用量の調整が可能な場合もあります。まずは気持ちを正直に伝えてみましょう。 |
| 食事を見直す | 栄養バランスを大切にしながら、間食を控えることを意識してみてください。ストレスにならない範囲でOKです。 |
| 軽い運動を取り入れる | ウォーキングやストレッチなど、心と体に無理のない範囲で体を動かすことで、気分もリフレッシュできます。 |
| 体重の変化を記録する | 小さな変化に気づくことで、早めに対策ができます。日記感覚で記録してみるのもおすすめです。 |
体の変化に戸惑い、不安になることがあるかもしれません。でも、それは「あなたがちゃんと生きようとしている証拠」です。お薬も、あなたを助ける大切な手段のひとつです。
どうかご自身を責めず、少しずつ、できることから始めていきましょう。あなたは一人ではありません。みんながあなたを応援しています。
だから私のことも応援してね♪
お米はいったいどこからきたの?価格変動や備蓄米について
こんにちは!
今回はみなさんの主食であるお米について調べていきたいとー思います!
備蓄米をいよいよ店頭で並んで買えることになりましたが、みなさんの地域ではいかがでしょうか?
なんでもニュースによると、人が大勢並んでいて、人がはけても売れ残っている状態だったようです。
思ったより売れなかったんですかね。
個数制限をかけていたところもあったようですし、今後も先はよめません。
しかし、売れ残った備蓄米は引き続き店頭に並ぶそうなので、そこは安心して買えるようですね。
ふむ。
ただ、小泉さんが視察にきたとたん、高価格帯のコメを山積みにしはじめた店舗もあったようです。
お客さんたちからするとそのコメどこにしまってたん?!
ってなったそうで・・・・
高くても買うという層には非常にバッドニュースだったようです。
小泉さんもそこらへんはわかっていてくれるかな?
お米は買ったことない発言が大きく取り上げられたなか、これからいったいどうなるのでしょうか。
でも、米農家の人たちはお米は買ったことないんじゃないかなあとも私は思います。
友人の中にも実家が米農家だからいつも送ってもらってるといってたり。
知人が米農家だから直に買っているという人がいたり。
うーん。
世の中からすると米買ったことない発言はそこまで大きな問題だったのか、と思いますね。
まあ、立場的に言うべきではなかった人とタイミングですよね。
アマゾンでも5キロ3,000円代であるようです。
ちょっとお高めですが、自ら店頭に並びたくない人はネットショッピングもチェックしてみてもいいかもですね。
さて、今回はちょっと真面目にお米の話をしてみました。
みなさんお米食べていますか?
買っていますか?
もらっていますか?
家に備蓄はありますか?
いろんなお米の問題がありますよね。
ひとつずつ解決していきましょう!
それじゃあこのへんで!
ばいばーい!
あの有名女性芸能人について
先日、もう忘れてしまった人もいるかもしれませんが、広末涼子さんが逮捕されましたよね。
その時にXの中で双極性障害何じゃないかと話題になっていました。
今日はそのことについて触れてみたいと思います。
私も双極性障害です。
確かに躁状態になると、無敵感があって、何でもできそうな気がします。
だからこそ攻撃的にもなりえます。
広末涼子さんの病院での暴行もそこからきているのかなという判断なんでしょう。
じゃあ鬱状態は?
そもそもうつ状態のときって外にでてあるかないですよね。
ましてや芸能人。
うつ状態はキラキラしたオーラを隠しているのかなと思います
私達もそうじゃないでしょうか。
躁状態のときは、「もっと私を見て!こんな素敵な私をみて!」といったプラスの印象になっています。
それに合わせて攻撃性もでてきます。
「なんでみてくれないの!?」」「もっとみろやこらあ!」
といった感じですかね。
うつ状態のときは
「ほっといて…」「もうなんでもいいよ…」
といった状態ですかね。
危険なのはうつ状態で更に深刻な状態になると、自分で自分を傷めつける自傷行為やはたまた自分で命を投げだすという状態になることです。
これは大変危険です。
そうなる前に家族や友人、恋人に支えてもらいましょう。
1人でどうにかしようと思ってもなかなか切り替えができないです。
なので、ひとりで切り替えている人は本当にすごいと私は思います。
私は基本家族に支えてもらっているので、1人で切り替えている人は尊敬します。
何が言いたいかというと、
広末涼子さんには支えてくれる人はいるのかなといったことです。
迎えにきてくれたちょっと強面なお兄さんが広末涼子さんの支えになってくれていればいいのですが…
芸能人だからこそ弱みを見せるのはできないとか思っていたりもするのかな?
プライドが高くなってくるとそんな状態にもなるかもしれません。
ですが、広末涼子さんも芸能人とはいえ、ひとりの人間です。
躁状態、うつ状態、どちらに関してもサポートしてもらいたいですね。
私は広末涼子さんが大好きです。
早く表舞台でまた活躍することを願っています。
今日はこんな感じ。
広末涼子さんに関してと、自分の双極性障害について絡めて考えてみました。
それじゃ、ばいばいっ
【30代必見】通風と闘いながら痩せる!筋トレでダイエットを成功させるための正しい知識と注意点
こんにちは。
今回は通風とダイエットの関係性についてお伝えしていこうと思います。
私は、今は大丈夫なのですが、通風の経験持ちです。
あれって痛いですよね。
なったことある人いますか?
とにかく風が吹けば痛いというのは本当だなという感じで、何をしててもいたいんです。
痛み止めも効かないくらい痛いんです。
で、通風ときいてピンと来る方は「魚卵だ!」とか「ビールだ!」とか「贅沢病だ!」となる人も多いはず。
贅沢かどうかはおいといて、お酒を飲む人は確かに通風になりやすいです。
しかし、実は過度なトレーニングでも通風になるんですよ。
流行りのAIさんにきいてみると
「ダイエットは痛風の発症や悪化のリスクを下げ、尿酸値を低下させる効果が期待できます。しかし、急激なダイエットは尿酸値を一時的に上昇させ、痛風発作を起こしやすくなるため注意が必要です。バランスの良い食事と適度な運動を心がけ、ゆっくりと体重を減らすことが大切です。」
というお答えが。
健康的になるためにダイエットを行うのですが、過度に行うと自分で自分を傷つけることになってしまうんです。
そうならないためには、一気に痩せてしまおうとせず、ゆっくりと体重減少をを目指していきましょう。
とかいいつつも、私は一気に痩せようとしているし、現在ビールをバカスカ飲んでいるので大ピンチです。
まあ、再びダイエットを始めるので、お酒を減らしたり、ビールじゃなくウイスキーに変えたりして
楽しんでいきたいですね。
食べ物もお肉類の食事もプリン体が多いようです。
プリン体を調べるといったい何を食べたらいいんだって感じですよね。
まああまり深く気にせず、お野菜中心で、多くの食品を食べていきたいですね。
何事もバランスよく。
今じゃプリン体ゼロビールや健康志向なノンアルコールビールも出ているので食には困らなそうです。
酒飲みの私にとっては嬉しいですよね。
ではおつまみはどうしたらいいんでしょう?
野菜をおつまみといっても、野菜スティックくらいしか思い浮かびませんが…
ここでもAIにきいてみましょう。
「痛風に配慮したおつまみは、プリン体を少なく、食物繊維を多く含むものを選ぶことが大切です。豆腐、チーズ、納豆、海藻類、野菜などがおすすめです。一方、レバーや白子などの内臓系、カツオやサンマなどの青魚、エビやカニなどの甲殻類、干し椎茸はプリン体が多いので控えましょう。」
出そうです。
なるほど…
私もここまで調べていなかったので意外でした。
豆腐は冷奴、チーズはそのまま、納豆は…納豆。
海藻類と野菜のサラダ。
いいですね!
お酒が進みそうです!(駄目です)
うまく食事と向き合って、痛風と戦っていきたいですね。
みなさんも痛風にならないにこしたことはないので、気を付けていきましょう。
本日はこんな感じ。
ばいばーい
【映画で学ぶ】『アイ・アム・サム』が教えてくれる知的障害への本当の理解と共生のヒント
今回はアイ・アム・サムのお話です。
「障害とは何か?」と問われたとき、私たちはどんな答えを持っているでしょうか。
医学的な定義、福祉的な分類、あるいは制度上の枠組み──答えはいくつもありますが、実際に障害を持つ人と向き合った経験がない限り、その実態や苦悩、そして喜びまではなかなか見えてきません。
そんな“見えにくいリアル”を丁寧に描き出した作品が、2001年に公開された映画『アイ・アム・サム(I Am Sam)』です。

主人公サム・ドーソンは、7歳程度の知的発達しか持たない父親。彼はスターバックスで働きながら、ひとり娘のルーシーを懸命に育てています。サムの生活は、私たちが日常で当然とすることが簡単ではなく、そこには数えきれないほどの「壁」があります。
しかし、彼の中には揺るがない“親としての愛”がありました。
むしろ、その純粋でまっすぐな愛情こそが、映画を観た人々の心を強く打ち、障害とは何か、家族とは何か、人としてどう向き合えばよいのかという根本的な問いを私たちに投げかけてくれるのです。
この記事では、『アイ・アム・サム』という映画を通じて、知的障害という言葉の向こうにある「人間の尊厳」や「共に生きる社会」の在り方を読み解いていきます。
映画をただの感動ドラマとして消費するのではなく、そこに映し出されたリアルな課題と希望を自分ごととして捉え、私たち一人ひとりができる「理解」や「支援」とは何かを深掘りしていきましょう。
『アイ・アム・サム』とはどんな映画か?
🎥作品概要とキャスト紹介
『アイ・アム・サム(I Am Sam)』は、2001年にアメリカで公開されたヒューマンドラマ映画です。監督はジェシー・ネルソン、脚本はクリスティン・ジョンソンとの共作によるもので、実際に知的障害を持つ親のケーススタディをもとに構成されたリアリティのある脚本が高く評価されました。
主演を務めたのは、アカデミー賞受賞歴を持つ名優ショーン・ペン。彼は知的障害を持つ父親サム・ドーソンを演じ、日常生活の一つひとつに丁寧なリサーチを重ねたことで、極めてリアルかつ繊細な演技を披露しました。この作品でペンはアカデミー主演男優賞にノミネートされています。
サムの娘ルーシー役には、当時まだ7歳だったダコタ・ファニング。子役ながら卓越した演技力で、サムとの心のつながりを自然体で表現し、多くの視聴者の涙を誘いました。また、サムの弁護士リタを演じたミシェル・ファイファーも、冷静な弁護士という顔と、母として悩みを抱える一人の女性としての顔を巧みに演じ、ストーリーに奥行きを与えています。
映画の大きな特徴のひとつが、ビートルズの楽曲にインスパイアされた世界観です。劇中の音楽はすべてカバー曲で構成され、サムがどれほど音楽を愛し、どれほど感性豊かに世界と関わっているかを象徴的に描き出しています。
👨👧知的障害のある父サムの人物像
サム・ドーソンは、知的能力が7歳程度で止まっていると診断されています。言い換えれば、大人としての責任や判断力を問われるような場面において、彼は常に「子どもと同じような」困難に直面しています。
しかし、サムは極めて誠実で、穏やかで、誰よりも娘を愛する父親です。彼はスターバックスで同じ作業を繰り返す単純労働に従事し、毎日規則正しい生活を送りながら、ルーシーを大切に育てていきます。その姿は、障害があっても「親としてできること」が無数にあることを私たちに示してくれます。
サムの性格は、とても愛情深く、人懐っこく、思いやりに満ちています。しかし、社会との関わりの中では、その善意が誤解されたり、能力不足と判断されたりする場面も多々あります。例えば、レストランでの対応や、役所でのやり取りなど、一般的な社会のスピードや慣習についていけないことで、サムはしばしば不適切な扱いを受けてしまうのです。
このような描写からは、「知的障害がある=愛情を持てない」「親として不適格」といった固定観念がいかに表面的であるかが浮き彫りになります。サムの生き方そのものが、“障害のある人”への社会的な視線を問い直す鏡になっているのです。
💞娘ルーシーとの親子愛が描かれる理由
物語の核となるのが、サムと娘ルーシーとの親子関係です。ルーシーは幼いながらもサムの障害に気づき始め、成長するにつれて「自分が父を超えてしまうこと」に戸惑いを覚えます。それでも彼女はサムを深く愛しており、親子のつながりを決して手放そうとしません。
一方、社会は「知的障害のある親は子どもを育てられないのではないか」という価値観に基づいて、サムから親権を奪おうとします。ルーシーの福祉を考えるという建前のもと、サムの育児能力に疑問を投げかける裁判が始まり、親子の絆は大きな試練を迎えるのです。
ここで描かれているのは、「親としての資質とは何か?」という根源的な問いです。経済的な安定、教育水準、社会的立場──これらすべてが重要な要素であることは否定できません。しかし、それら以上に大切なのは、「子どもを想う心」と「日々向き合う姿勢」ではないでしょうか。
映画では、サムが何度も「I love you.」と娘に伝えるシーンがあります。その言葉は、決して抽象的な愛情表現ではなく、彼の行動すべてに裏付けられた“生きるための力”そのものです。観る者は、障害の有無に関係なく、親であるとはどういうことかを改めて考えさせられるはずです。
🎬『アイ・アム・サム』を観るべき理由と得られる気づき
🔄知的障害を“特別”ではなく“違い”として捉える
映画『アイ・アム・サム』を観てまず衝撃を受けるのは、サムが「普通の父親」として精一杯娘と向き合っているという事実です。彼には知的障害がありますが、だからといって愛情が劣っているわけではありませんし、親としての責任を果たしていないわけでもありません。
しかし、現実の社会では、「障害=できないこと」というステレオタイプな見方が根強く残っています。職場、学校、家庭、行政──あらゆる場面で「普通でないこと」が不利に働く風潮はまだまだ存在しています。
サムの姿は、それに対する一つのカウンターです。彼は「普通」の尺度で測れば未熟に見えるかもしれませんが、親として、社会の一員として、確かに生きており、自分の役割を果たそうとしています。
この映画は、「障害=特別」ではなく、「障害=違い」として捉えることの大切さを教えてくれます。違いがあるからこそ、互いに補い合い、尊重し合える社会が必要である──そんな共生の価値観に気づかせてくれるのです。
🎭感情に訴えるからこそ心に残る学びがある
人は、論理だけでは変われません。特に「理解しにくいもの」に対しては、頭ではわかっていても、心が追いつかないということが多々あります。知的障害についても同じです。知識を学ぶだけでは、その人の立場や感情までを想像するのは難しいでしょう。
『アイ・アム・サム』は、その“壁”を感情の力で乗り越えさせてくれる作品です。観る者の目線を、サムの視点に引き寄せ、彼の喜び、葛藤、不安、希望を一緒に体験させてくれます。
たとえば、親権を奪われそうになる場面では、多くの観客が「なぜ?」と感じます。制度上は合理的かもしれないけれど、感情的には「それでいいのか?」と問いかけられるのです。これは単なるエンタメではなく、倫理や哲学に関わる深いメッセージであり、観た後に人の価値観を揺さぶる力があります。
感情が動いたとき、人は学びを深く記憶します。そしてその感情は、行動の変化へとつながっていきます。だからこそ、『アイ・アム・サム』は障害理解の“教材”としても非常に価値が高いのです。
🗣これからの共生社会に必要な「理解と対話」
「共生社会」という言葉は、どこか理想的で、きれいごとのように聞こえるかもしれません。しかし本来、それはすべての人が「違いを知り、理解し、共に生きていこうとする努力」に他なりません。
映画では、サムの弁護士リタが当初は距離を取りながらも、次第に彼の誠実さに触れ、自分自身の内面とも向き合うようになっていきます。この変化こそが「対話」の力です。対話とは、単に話すことではありません。相手を知り、自分の価値観とぶつけ、時に迷い、しかし最後には「それでも共に生きる」ことを選び取るプロセスです。
共生社会に必要なのは、制度の整備だけではなく、人と人とのあいだにある“心の壁”を取り払うこと。『アイ・アム・サム』は、そのきっかけを静かに、しかし力強く与えてくれる作品です。
🌈まとめ|『アイ・アム・サム』が教えてくれた大切なこと
『アイ・アム・サム』は、ただの感動ドラマではありません。知的障害というテーマに真正面から向き合い、そこにある偏見や制度的な矛盾、そして人間の尊厳を丁寧に描いた作品です。
サムという人物を通して、私たちは「障害があるからできない」のではなく、「支援と理解があれば誰もが自分らしく生きられる」という現実を学びます。そしてその理解は、決して一方的な同情ではなく、互いに向き合う“対話”から生まれていくのだということも。
この記事をここまで読んでくださったあなたには、ぜひ一度映画『アイ・アム・サム』をじっくり観て、自分なりの問いと向き合ってみてほしいと思います。そして、もしあなたの周りに障害を持つ方がいるならば、その人を一人の人間として、「何ができるか」ではなく「どう生きているか」に注目してみてください。
「違い」を知ることが、「共に生きる」ための第一歩です。
その一歩を、あなたの今日からの毎日に──。
こんな感じで締めとなります。
ばいばーい

【映画フォレスト・ガンプから考える】「障害」ってなんだろう? 知的、自閉症スペクトラム…特性と愛の物語
「人生はチョコレートの箱、開けてみるまで分からない」
この印象的なセリフで始まる映画『フォレスト・ガンプ/一期一会』(以下、フォレスト・ガンプ)。みんなも一度はご覧になったことがありますか?
今回は、私の大好きなこの映画を通して、「障害」という概念について深く掘り下げてみたいと思います。
1985年に発表されたこの名作は、トム・ハンクス演じる主人公フォレスト・ガンプの、時にコミカルで、時に感動的な半生を、アメリカの激動の歴史を背景に映画が進みます。
知的指数が低く、脚には装具を付けているフォレスト。
しかし、彼の母親は決して彼を特別扱いせず「あなたは他の誰とも違うわけじゃない」と愛情深く育てます。
フォレスト・ガンプの個性豊かな特性
映画を観ていると、フォレストの言動の端々に、彼ならではの個性的な特性が垣間見えます。
- 感情表現の控えめさ: 喜びや悲しみといった感情を表に出すことが少ない。
- ルールへの忠実さ: 親から「知らない人の車に乗ってはいけない」と言われたことを頑なに守り、スクールバスに乗ることを拒否する。
- 驚異的な能力: アメリカ陸軍に入隊すると、銃の組み立てにおいて誰よりも速いという驚異的な能力を発揮する。
- 意図しないトラブルメーカー: 悪気はないのに、彼の純粋すぎる言動が周囲を困惑させたり、怒らせてしまうことがある。
- 率直すぎる行動: 臀部の被弾痕を見せてほしいと言われた際、人前で躊躇なくズボンを下ろしてしまう。
- 驚異的な記憶力: 過去に起こった出来事を、まるで昨日のことのように詳細に、時系列順に記憶している。
知的障害?自閉症スペクトラム? ガンプの特性を読み解く
当時の映画内での表現では「知的障害」とされていましたが、現代の視点から彼の特性を捉え直すと、一概にそうとは言えない側面が見えてきます。
むしろ、彼の言動からは「自閉症スペクトラム(ASD)」の特性も感じられます。
一般の学校に通うことができた点から、フォレストは特別支援学校のような特別な支援が必要なほどの重度の障害があったわけではないと考えられます。
しかし、特定分野における並外れた記憶力や能力、そして、言われたルールを文字通りに受け止め、忠実に実行する様子などは、自閉症スペクトラムの特徴と重なる部分が多いと言えますよね。
ちなみに、フォレストが陸軍で出会う親友「ババ」も、故郷のエビ漁に関する知識が異常なほど豊富で、訓練中や掃除中にも延々とエビ料理について熱く語るシーンが印象的でした。
もしかすると、二人には言葉にならない共通の感覚があり、それが強い友情へと繋がったのかもしれませんよね。
心を温める「愛」の光
『フォレスト・ガンプ』には数多くの印象的なシーンがありますが、その中でも特に心に深く残るのは、フォレストを無条件に愛し、彼の可能性を信じ続ける「母親の愛」、そして、彼をありのままに受け入れ、共に困難を乗り越えていく「仲間たちの愛」の光です。
周囲と少し違う特性を持つフォレストに対し、母親は決して特別扱いをせず、彼の持つ優しさやひたむきさを認め、育てていきます。
この愛情深い眼差しこそが、フォレストが様々な困難を乗り越え、自分らしく生きるための大きな支えとなったのでしょう。
また、ジェニーをはじめとする友人たちは、フォレストの純粋さや誠実さに惹かれ、彼の持つ特性を理解し、受け入れていきます。
彼らの温かい友情は、フォレストにとってかけがえのない宝物であり、観る者の心、もちろん私の心も揺さぶられました。
特性を輝きに変える可能性
周囲と少し違った特性を持つフォレストが、アメリカの歴史を彩る様々な出来事の中で、予期せぬ形で才能を発揮し、輝いていく姿は、私たちに「特性のポジティブな可能性」を教えてくれます。
たとえ人と違う「特性」を持っていたとしても、それを理解し、受け入れ、その特性を活かせる環境があれば、誰もが自分らしく輝けるはずです。
「障害」という概念がなくなる未来
もし、特性があろうがなかろうが、すべての人が公正に生きていける社会が実現すれば、「障害」という概念は、もしかしたら必要なくなるのかもしれませんよね。
人と違うことを「障害」と捉えるのではなく、その人の持つ個性、才能として尊重し、共に生きていく。
そんな社会こそが、私たちが目指すべき未来なのではないでしょうか。
『フォレスト・ガンプ』が教えてくれたこと
『フォレスト・ガンプ』を観て覚えた感動は、大人になり、世の中には様々な特性を持つ人々がいることを知ってから、より深く、そして温かいものへと変わりました。
皆さんも、もし機会があれば、ぜひ様々な視点から『フォレスト・ガンプ』を観返してみてください。
きっと、新たな発見や感動があるはずです。
今回は、映画『フォレスト・ガンプ』を通して、「障害」というテーマについて考えてみました。
この物語が、皆さんの心に少しでも温かい光を灯せたなら、とても嬉しく思います。